「月給30万円」は号砲だ。串カツ田中が“人への投資”という逆張り戦略で仕掛ける、外食産業サバイバル

人手不足、原材料高騰、そして消費者の価値観の多様化——。外食産業が「冬の時代」とも言える構造的な課題に直面する中、業界の風雲児・株式会社串カツ田中ホールディングスが、極めて大胆かつ本質的な一手で、この閉塞感を打ち破ろうとしている。

子会社の株式会社串カツ田中において「総合職制度」を導入し、この職種を選択した社員を対象に、月額給与の下限を30万円へ引き上げるという決断。これは単なる賃上げのニュースではない。同社が長期目標として掲げる「国内1,000店舗、国外1,000店舗」という壮大なビジョンを実現するための、“人”への投資という、最も重要な経営戦略の狼煙だ。

なぜ、今「月給30万円」というカードを切るのか?

外食産業の平均給与水準から見ても、月額30万円という下限設定は、極めて挑戦的かつ戦略的な一手だ。この数字には、厳しい市場環境を勝ち抜くための、坂本壽男CEO率いる経営陣の明確な狙いが込められている。

  • 採用競争力の抜本的強化: 「外食は給料が安い」という長年の業界イメージを自ら破壊し、優秀な人材を惹きつける強力なマグネットとする。特に、飲食業経験の有無を問わず適用されるこの制度は、成長意欲の高い異業種からの転職者にも門戸を大きく開くことになる。
  • リテンション(定着率)の向上: 既存社員に対しても、キャリアパスの選択肢と経済的な安定を提供することで、エンゲージメントとロイヤルティを高め、人材の流出を防ぐ。
  • 企業価値の宣言: 「人はコストではなく、未来の成長を生み出す最も重要な資産である」という企業としての哲学を、株主、顧客、そして社会全体に対して明確に宣言する。

これは、短期的な人件費の増加という“痛み”を覚悟の上で、未来の成長を担う人材という最大の“リターン”を取りにいく、経営陣の強い意志の表れに他ならない。

「総合職」が拓く、キャリアの多様性と戦略的人材配置

今回の制度改革のもう一つの核心は、働き方の選択肢を社員に与えたことにある。

全国転勤を前提とし、エリア間だけでなく、串カツ田中以外のグループブランド(例えば新業態の「厚切りとんかつ 厚とん」など)への異動や、本社部門へのキャリアチェンジを通じて多様な経験を積むことができる「総合職」
そして、従来通り特定のエリアで働き続け、地域に根差したキャリアを築く
「地域限定総合職」。

社員一人ひとりが、自らのライフステージやキャリア志向に合わせて働き方を選べるこの仕組みは、単なる福利厚生の充実に留まらない、高度な組織戦略だ。

  • 戦略的な人材流動の実現: 経営層は、総合職という機動力の高い人材プールを確保することで、全国の重点エリアへの出店攻勢や、M&Aを含めた新規事業へのリソース投下を、迅速かつ戦略的に行うことが可能になる。
  • 次世代リーダーの育成: 意図的なジョブローテーションを通じて、単なる店舗運営のプロではなく、マーケティング、商品開発、海外事業など、多角的な視点を持つ経営幹部候補を計画的に育成する。
  • ダイバーシティ&インクルージョン: 地域に根差したい社員も、全国で挑戦したい社員も、それぞれの価値観を尊重し活躍できる場を提供することで、組織全体の活力を最大化する。

1,000店舗体制への、本気の布石

串カツ田中の今回の決断は、同社が目指す「国内1,000店舗、国外1,000店舗体制」と「串カツを、日本を代表する食文化へ」というビジョンが、単なるスローガンではなく、実現可能な経営目標であることを示している。
店舗という“点”の拡大には、それを支える“線”としての人材と、組織という“面”としての制度設計が不可欠だ。

多くの企業がコスト削減に喘ぎ、守りの経営に徹する中、あえて未来への「人」に賭ける。串カツ田中のこの逆張り戦略は、外食産業のみならず、人手不足に悩むすべての業界の挑戦者たちに、未来を切り拓くための重要なヒントを与えてくれるはずだ。

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